《文芸社の書評》

繊細で心優しい若者が、揺れ動く自分自身の内面に戸惑い、
不安の中で懸命に自分を励まし、葛藤を重ねる様子が、作品の上にくっきりと映し出されている。
現代的なセンスと若々しいポップな表現で詠われる希望と焦燥、決意と逡巡からは、
同じ年頃の若者なら誰でもが抱くような青春の喜びや悲しみと同時に、
持って生まれた豊かな感性ゆえに抱え込んでしまった深い憂愁の情が伝わってくる。
よけいな技巧を弄さず偽りのない心を素直な言葉で表現した詩の数々は、
きっと、多くの若い読者から共感を集めることであろう。
作者が17歳で亡くなっているということを知って読む時、
一層感動が高まるのはもちろんであるが、そのことを抜きにしても、
若い感性が作品の魅力に直結したこれらの詩は、確実に人の心を掴む力を持ち合わせているといえるだろう。

全体としては、ストレートな心情吐露が印象的な青春詩集という趣が強いが、
一編一編の作品を見ていくと、意外なほど巧みに、さまざまな詩的技法が駆使されていることに気づかされる。
散文詩形式を取った数編のうちのひとつ『孤独の海』では、
「海」「泪」「ピアノ」「雨」と連関するイメージを作品の背景に置くことで深刻なテーマを詩として膨らませ、
『雨』では、助詞を省き名詞同士や名詞と動詞を「・」で区切って並べることで、切れのいい独自のリズムを生むと同時に、
“目で見る詩”としての視覚的な面白さを実現している。
『Every day』や『カレンダー』のように表現方法に遊び心を発揮しているものもあり、
趣味の域を大きく越えて、ひとりの詩人の誕生を予感させる作品集になっているといえよう。

「柔らかくありたいがため、/僕もあたしもあなたも君も/生きている/ほんと生きている」(『あるひのごご』)
「だけど、今はがんばれる/(中略)・この扉を開こう!Let’s go!)(『Let’s go!〜心の扉から〜』)といった言葉は、
作者がいつも、開かれた広い世界の中で、大勢の人と手を携えながら前向きに生きていこうとしていたことを、はっきりと示している。
この姿勢が根本にあるからこそ、時に顔を覗かせる悔いや怯えを自己否定も、単なる弱音や逃避になることなく、
自己凝視の末の真摯な告白として読む者の胸を打つのである。
作者自身ではなく、作者にとって大切な誰かの視点から語られた詩がいくつか見られることも、
作者との対話や人間的繋がりを大事にしようと意識していたことの表れといえるだろう。 「離れていてもあなたは生きる。生きている。/だから、あなたと一緒に私も生きる。生きている。」(『坂道〜あなたを忘れられず〜』)の言葉通り、
自ら遺した数多くの作品の中に、作者は今も、そして、これからもずっと生き続けて行くに違いない。

細部まで検証していけば、技術的に拙いところが見られるのも確かだが、
17歳の作者に完璧さを求めるのは、もとより、ないものねだりというべきだろう。
公募作品は、あとに残されたご家族やご友人にとって何ものにも代えがたい故人からの置きみやげであると同時に、
作者のことを知らない読者からも独立した1冊の詩集として受け入れられるだけの内容を持っている。
応募者の関根様ならびに作者のご遺族と相談の上、ぜひ何らかの形で出版を実現したいものである。

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以上が審査委員会における忌憚のない評価・意見を集約したものです。
この作品がいかに審査員一同の高い評価を博したか、おわかりいただけたことと思います。
本作は若くして他界された作者の遺作であり、担当者である私ばかりでなく、
各審査委員にとっても、作品に対して、冷静・客観的な評価を下すことはなかなか難しいというのが正直なところです。
しかしながら、亡くなられた国井博樹様と残された詩編に敬意を表する意味でも、
できる限り感情を排した講評を心掛けましたことを、ご理解いただきたく存じます。

この審査結果に鑑み具体的な出版方針についての検討が行われ、
「限られた読者の目に触れるだけの自費出版にとどめるには惜しい作品であり、
ぜひ弊社の新刊として全国流通させてみたい」
という結論が出されました。
その結果、関根様には、著者と版元が費用を負担し合うことで全国出版を実現する〈協力出版〉による詩集刊行をご提案させていただくことに決定いたしました。

自らの心の内をのぞき込み、それを言葉にするという作業は、必ずしも楽しいばかりではなく、
時には苦しさやつらさの方が大きいこともあろうかと思います。
文学とは、自己表現とは常にそのようなものであろうかともいえましょう。
しかしながら、その苦しみは、それにふさわしい感性を備えた限られた人々だけに許される幸福の別の姿でもあるのです。
今ここに1冊の詩集を遺そうとしている博樹様の人生が、辛かった時期も含めて、限りなく有意義で幸福に満ちたものであったことを、強く確信する次第です。

             文芸社 伊藤伸



(※文中の「関根様」というのは、私の友人であり、HIROの詩を出版社に話を持ちかけてくれた恩人です。
彼女が、最初にHIROの詩を評価してくださいました。
そして、文芸社の出版セミナーに参加してくださったり、文芸社との連絡を頻繁に取り合ってくださったりと、彼女の支援なしには今回のHIROの詩集の刊行はなかったのです。
彼女にはこころより感謝しています。)
  

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